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すっかり放置です。
なんと1年もの間、放置してしまいました。 復活記念感想文は・・・ 角田光代さんの新刊。 開放図書館の司書さんに勧められて読みました。 一気に読みました。 まるで映画を見ているように、それぞれのシーンが胸に迫ってきます。 前半の主人公は、愛人の子どもを連れ去ってしまう若い女性。 自分が孕んだ子どもは、口八丁で堕ろさせられてしまったのに、同じ頃出来た正妻の子どもは、この世に生を受けた。 ほんのひとめ、見たいだけ・・・。 忍び込んだ愛人の家にいた、生後半年ほどの赤ちゃんを、彼女はそのまま連れ去ってしまう。 逃げて、逃げて、友人の家や行きずりの中年女性の家を経て、怪しげな新興宗教のような集団生活、そして最後はそこで知り合った女性の実家の離島まで逃げて行く。 その逃亡生活は4年にものぼった。 いつの間にか芽生えた子どもへの愛。絆。 けれど、その愛に満ち溢れた彼女の表情が写真に撮られ、全国的な大きな賞を受けたことで全てが発覚する・・・ 後半の主人公は、連れ去られた娘。 親元に戻ったものの、父親の浮気相手に連れ去れてたこと、同時期に母親も浮気をしていたこと、その間に妹が生まれていたこと・・・順風満帆なことなど何一つなかった。 物心ついてから戻った本当の家は、どこか自分のものではないような気がして、家族がギクシャクしたまま、娘は大学生になり家を離れる。 新興宗教施設に同時期にいた女性が、やはり自分の生い立ちに向き合いたいので、本を出版したいという申し出に巻き込まれ、娘は同じように自分の生い立ちに向き合うことになる。 ここに出てくる登場人物は、みんなそれぞれの人生を背負っている。 大きな事件の加害者と被害者。 でも、加害者も男に翻弄された弱者だ。 小さな幸せを望んでいたにすぎない、平凡な女だ。 被害者夫婦はといえば、それぞれに浮気をしていた。子どもの受けた傷よりも、自分の受けた傷にばかり気を取られるような人間だった。 娘は、自分の意志ではない運命にいつまでも振り回されて、身動きが取れない。 多くの小説は、いつも主人公を中心に据えて書かれている。 けれど、この小説は、どの人間にもそれぞれの生き方があり、事件というのはそれぞれの生きかたがふとしたきっかけで重なり合い、影響しあっていることを鮮明に浮き彫りにしてくれる。 自分という視点でしかものを見ることが出来なかった自分を、今まで、これほど恥じた読後感はなかった。 同時に、この作品は喪失と再生を鮮やかに描ききっていると感じた。 いや、もしかしたら私たちが日々「失った」と感じているものは、最初からなかったのかも知れない。 持っている振りをすることで、私たちは自分を支えているのではないだろうか。 本当は、私たちは何も持っていないのかも知れない。 人に与えることで、何かを持っていたのだと思いたいのかも知れない。 そして、私たちが日々「苦しみ」だと思っているものも、自分で勝手に持ち続けていることで、自分を保っているのかも知れないとしたら、人間はなんて悲しい生き物なのだろうかと思う。 乙一著
小学館刊 ああ・・・ 随分サボってしまいました。 ごめんなさい。 久々に「乙一」読んだので、これだけはUPしなくちゃと・・・ 児童書です。 ひらがな、いっぱいです。 小学校高学年程度を対象に書いたものと思われます。 主人公のリンツは、移民の子として学校でも地域でも差別されています。 そんな彼のヒーローは、名探偵の「ロイズ」 ロイズは、宝石ばかりを狙う「怪盗ゴディバ」の捜査で名を馳せています。 リンツはひょんなことから、怪盗ゴディバの事件のヒントになりそうな地図を手に入れて、 事件に巻き込まれていきます。 町のワルである、ドゥバイヨルもからんで、事件は思わぬ方向に・・・ いわゆる冒険活劇なのですが、登場人物が主人公を除いて、 ことごとく悪人です。 本来、人間ってこうなんでしょうね。 でも、子供向けの本が「勧善懲悪」でないと、ちょっと不気味な気がします。 ただ、やはり子どもを意識しているため、いつもの乙一ワールドというわけには いかなかったようです。 そこがちょっとさびしいですね。 ★は3.5というところかな~。 恩田陸 著
新潮社 刊 「ただ歩くだけのことが どうしてこんなに特別なんだろう」 主人公・貴子の通う学校で年一回行われる、歩行祭。 一昼夜通して、ただ歩くだけの行事。 でも、今年は貴子は賭けをした。 クラスメイトに話しかけて、返事をしてもらえるか・・・ そのクラスメイトは、貴子の異母きょうだい。 彼が本妻の子どもで、貴子は愛人の子ども。 退屈と言えなくもない滑り出し。 でも、読んでいくうちに、一瞬一瞬が輝いていた高校時代を思い出しました。 読んでいる間、私は高校生に戻ったような気分に・・・ でも、家事の合間に読んでもなかなか入り込めません。 ちょうど、映画が公開になると同時に読み始めました。 二通先生のお薦め映画とういことで、見ようと思いましたが、その前にどうしても原作を読破したかったのです。 映画を見に行った当日の、行きのJRの中でも、まだ私は本を読んでいました。 映画が始まるまであと1時間、という時。 読もうと思えば、最後までいけそうな分量でした。 でも、私は本を閉じてしまいました。 ラストシーンは、映画で見たくなったのです。 そして、映画は原作に忠実に進められて行きました。 二人が和解して、心が通い合ったところで、ゴールの校門。 仲良しのそれぞれの親友と一緒に、手をつないで門をくぐりました。 それが映画のラストシーンです。そうだよな、映画のラストはこうだろうな・・・そう思っていました。 帰りのJRで、原作のラストを読みました。 原作は、ゴールに着く前に終わっていました。 小説は・・・そうだよな、これでいいんだな。 そう思いました。 小説も、映画も、どちらも良かったです。 青春してました。 そして、あの頃は私も青春してたよな・・・ 高校時代の、楽しかった部分をたくさん思い出せました。 田中靖子・著
幻冬舎・刊 学校の図書館で借りた本です。 結婚前、劇団にいたりして演劇をやっていた著者は、結婚して3人の子どもに恵まれました。 ですが、長女は学習障害でした。そのため、いじめにあったり、不登校を経験します。 そんな長女を励まそうと、弟2人を巻き込んで「家族劇団」を作りました。 それが「劇団きらきら」です。 お母さんは脚本・演出と、あくまで裏方。 そして、お友達の前で発表したのをきっかけに、「劇団きらきら」は団員を増やし、公演を重ねて大きな舞台を何度も踏むことになります。 学習障害・自閉症・ADHDのお子さんも参加した劇団は、それぞれの子ども達の個性を生かした、けれど、質の高い作品を上演していきます。 準備のわずらわしさをなくすため、公演はすべて無料。 助成金を獲得しての運営。 すべてに、お母さんのパワーを感じます。 こんな方法で、子どもを「きらきら」と輝かせることができるのか、と、驚きました。 一般の人が読んでも、あまりピンと来ないのかもしれません。 けれど、自分の子どもが、普通学級の隅っこで申し訳なさそうに存在する姿をちょっとでも見てしまった者にとっては、このお母さんの行動は、とても参考になります。 尊敬に値すると思います。 どんな子どもでも、やり方一つで「きらきら」輝けるんですね!!
ルポルタージュです。
森下香枝・著 文芸春秋社刊 2000年5月、ある街で老婦人が殺されました。 その夫も重傷を負いました。 ほどなく逮捕されたのは、近くに住む17歳高校三年生の少年でした。 その年の暮れ、同事件の続報が世間を賑わします。 「加害者少年は『アスペルガー症候群』であった」 その事件の顛末からその後まで、そして少年の育った背景や友達関係を綿密に調べ上げたのが本書です。 とはいえ、その他の少年事件がほとんどそうであるように、本人に会えないままの取材は、宇宙人の目撃情報だけで宇宙人に迫ろうとするようなもの。 同じ自閉性の障害を持つ者の親として、今ひとつ腑に落ちないものを覚えます。 確かに取材は綿密で、これ以上は調べようがないだろう、という所まで迫っています。 けれど、聞き取りだけで本人の肖像画を書こうとしても、指名手配の似顔絵が本人と付き合わせると本人とは似て非なるものであるのと同じです。 「確かにキツネ目だけれど」 「確かに唇はぶ厚いけれど」 本人のような、そうでないような絵が出来上がるのと一緒。 決して本人の、ましてや犯罪を犯した深い闇までは行き当たらないわけです。 そして、私のような当事者の親の最大の関心事である 『この少年は、本当にアスペルガー症候群だったのか』 という所の結論は、出てこないのであります。 アスペルガー症候群か否かを見分けるためには、発達検査をします。 その結果からいうと、それに近いものは出ているらしい。 幼少時に、自閉症の子どもがする特徴的な行動も取っていたらしい。 けれど、肝心の高校生時代、周囲のものが奇異に感じることはなかったようです。 友達もおり、協調性もある。勉強もまんべんなく出来て、努力家である。 多少の不器用さはあったが、それを努力でカバーしていた・・・ 自閉性の障害の本当に細かいところは、実は意思の所見によるものが最終決断を下す、という場合が多いもの。 それが、ボーダーラインに位置する者であればなおさらです。 実際、自閉症の子は、慣れてくると見ればわかります。 「何がヘンなのか上手くいえないけど、なんとなくヘン」 乱暴な表現ですが、そういうところが実際にあるのです。 今回気になったのは、犯人の少年の家が大変な旧家で財産もある、ということ。 穿った見方をすれば、そのような障害に仕立て上げることで難を逃れたという疑問をぬぐいきれません。 事件の全貌がわかった反面、腑に落ちない所の残る1冊でした。 文中にカミュの「異邦人」が多く引用されています。 異邦人の主人公がアスペルガーっぽいぞ、ということなんですが、 名作ですし、こちらも近々読んでみたいです。 雫井脩介(しずくい・しゅうすけ)著
幻冬社文庫 ![]() ヌエさんのブログを見て興味があったので読んでみました。 アマゾンにて、上下巻セットでリーズナブル価格でした。 面白かった~! ゾクゾク、ワクワクして読みました。 いいですね~、人間の汚さがよく出ていて(笑) ミステリー物はトリックが暴かれる迄がすごく引き込まれるんだけど、トリックがわかったら「へえ~~~」なんてすごく関心するんだけど… 本を閉じる頃には「なんだかなあ…」「そんな上手くいくもんかいな~」 そしておもむろに晩御飯の支度に取りかかって、食べる頃にはすっかり忘れてるってパターンが多い。 やはり、ミステリーはトリックに比重を置いてしまうと人物描写が物足りなくなるんでしょうね。 トリックと人間描写。 その両方がきちんと書かれている作品は、だから、ものすごく面白いです。 「虚貌」はそんな作品の一つと言っていいでしょう。 残念なのは、本当の犯人をずっと隠していたから、彼をきちんと描く部分がなかったことかな。 そこに行き着くまでの生活とか心理描写がなかった。 それがあると、彼だってわかってしまうし、最後にそれを付け足すのは蛇足になっちゃうし・・・。 滝中刑事と娘の朱音と辻刑事その他主要人物は、すごくキャラクターが立ってたと思います。 作者の別の作品も読んでみたいとも思いましたが… 他にも読みたくてお取り寄せした本とかたくさんあるので。 次は「退屈な殺人者」を読みます。 また重いんだろうな・・・。 東野圭吾・著
文芸春秋社刊 売れてるようですね。 評価も高いですね。 確かに面白かったです。 後半の盛り上がりも良かった。 主人公・石神は風采の上がらない高校の数学教師。 細目で小太り、数学の才能はあるがそれ以外は不器用。 私のイメージでは「カンニング竹山」の顔が思い浮かびました(笑) 石神が惚れて、殺人の隠蔽を手助けする女性・靖子は片平なぎさって所かな。 思いっきり2時間ドラマですね(^^ゞ 石神はとても頭が良いのです。 でも、人間としては不器用だったから大学に残って研究職に着くことも出来なかった。 惚れた女性(アパートの隣の部屋に住んでいる)が殺人を犯してしまった。 事件のアリバイ工作をしてあげたり死体の始末を肩代わりするが・・・ そういうお話でした。 最後のどんでん返しにも唸りました。 本当に純愛だった・・・という感じです。 厳しい批評もありますが、物語としては一気に読ませてくれました。 ミステリー版・博士の愛した数式・・・というところでしょうか。 ![]() 三崎亜記:著 集英社刊 ある日、町の広報誌に「となり町との戦争のお知らせ」が載っていたのを皮切りに、主人公が戦争に巻き込まれていくお話です。 しかも偵察業務に任命され(町の臨時職員といったところか)、「総務課となり町戦争係」の女性職員と偽装結婚までさせられたりします。 その戦争というのは、国内の法律でちゃんと認められている。地域の活性化のために、何年も前から準備されている。 でも、その実態は実際よくわからない。 戦死者も出ているというのに、何故死んだかもよくわからない。 ・・・・そして、開戦から数ヶ月して、無事に戦争は終わり、何事もなかったかのような日常が戻ってくる。 そんなお話でしょうか。 前から興味があったのですが、学校の開放図書で思い切って借りてみました。 あっという間に読めました。 面白かったです。 よくできていたし、戦争の持つ無意味さとか、お役所仕事の歯がゆさとか、よく伝わってきました。 戦争に巻き込まれた人の理不尽さとか、恐怖とか。 近い将来、本当にこんなことがあるかも知れないなんて思えるような内容でした。 ただ、何かが足りない・・・ なんだろう。 宮部みゆきとか、桐野夏生を読んでいると、あのくらい細かな人物描写をしないと物足りないって思ってしまうんでしょうか。 そう、登場人物が今ひとつイメージできないんです。 もっともっとその人となりを描き込んでもらわないと、感情移入できないんです。 せっかくいい題材なのに、全体的にさらっとしすぎているのかなあ。 でも、もっとボリュームがあったら、最後まで読めるかなあ・・・ この程度の表現だから、この無意味な戦争の不気味さが伝わるのかなあ。 私も、そこら辺の判断ができないというのは、読み手としてまだまだなんでしょうね。 修行が足らん・・・のでしょうね(^^ゞ ただ、この偽装結婚した相手の女性を好きになってしまうとか、その女性には結婚する相手がもう決まっているのだとかいう展開はちょっとありがちかなあ。 もっとこの二人の関係をひねって欲しかった。 戦争が終わったとたん、個人情報保護で所在も掴めないとか、実は色々騙されてたとか・・・ ちょっとこのあたりはベタなロマンスでしたね。 ・・・・あ、著者の名前に騙されました。 今すばる文学賞のサイトで見たら著者は男の方でした。 なるほど、そう言われればそんな感じですね。 女性が書いたのかと思ってました。 そのわりに、ねちっこくないな、と。 男性が書いたらもっともっとマニアックに走ってもよさそうなんですが、そこんとこ抑えたのがこの方の力量だったのかも知れません。 安部司・著 東洋経済新報社刊 1400円 最近、話題になっていますね。 以前、合成添加物を作っては売り、作っては売りしてその道のエキスパートになったのはいいけれど、ある日自分の子どもがくず肉と添加物まみれのミートボールを奪い合って食べる姿に愕然として、次の日会社を辞めた方です。 でも、この安部さんのすごい所は、すぐに「添加物は害だ!悪だ!害悪だ!」と騒がなかったところ。 添加物は今の世の中、完全排除はできない。 非難する前に、その恩恵を認めるべきだ。 そのうえで、「本当にそこまで必要なのか?」と考えて欲しい。 自分の食べた食品に、どれほどの添加物が入っているか考えながら食べて欲しい。 今自分の食卓に何が必要なのか考えて欲しい。 彼はそう言っています。 例えば、講演で忙しく飛び回る日の朝や昼。 コンビニおにぎりや弁当があるから、奥さんは4時に起きて朝ごはんを作らなくて済む。 自分も、空腹を抱えて講演に臨まなくて済む。 その恩恵は享受していいだろう。 でも、時間のあるときまで「お手軽に買って食べる」「レンジでチン」が必要だろうか。 例えば醤油は、ちゃんと醸造したものと安売りの「醤油風調味料」では価格が5倍くらい違う。 本来の材料を使えば、売価が高くなるのは当然。 安いのは添加物でごまかしているから。 安易に値段に飛びつくのではなく、原材料を見て欲しい。 「何故こんなにも安く供給できるのか」を考え、知って欲しい。 私も一応「生活クラブ」に加入し、無添加のものを出来るだけ使うようにしています。 でも、時々はカップラーメンも食べるし、コンビニおにぎりも食べます。 ただ、そのときは必ず「これには、人体に害のあるものや、複合摂取することでどんな影響があるか実証されていないものさえある」という感覚を忘れないようにしています。 そして、インスタントは出来るだけ続けて取らないようにしています。 売っている千切りキャベツが変色しないのは何故か。 材料費だけで1000円くらいかかるはずのものが出来上がって500円なのは何故か。 それを考えるだけで随分違ってきます。 それと、もう一つ大事なのは、子どもが「食べ物は、売っているものを買ってくればすぐ口に入る」という手軽さを当たり前だと思うことの恐さ。 「いただきます」というのは、「動物・植物の命を頂きます」ということ。 切ったり、さばいたり、刻んだりする姿を見せたり、実際自分でも体験することで「命」を意識して欲しい。 ドライブ中に農場で見た牛と、テーブルのすき焼きが繋がっているということを意識して欲しい。 それもまた「教育」であり、生きるために必要な知識なのだ、と安部さんは言ってます。 すごく、やさしい文章で書いてます。 「知れば恐くて食べられない」という帯からは脅し的な内容かと思われましたが、そうではありませんでした。 攻撃的でなく、説得力のある意見満載でした。是非、一読をお薦めします。
東京タワー
~オカンとボクと、時々、オトン リリー・フランキー著 <扶桑社> 一気読みでした。 私にとっては前述のダヴィンチ・コードよりもずっと心に染み入る作品でした。 本って不思議ですね。 「ダヴィンチ・コード」がほんの数日間の物語だったのに(これは意外でした。しかも最初の半分は数時間の間の出来事!)、 「東京タワー」は、リリー・フランキー死の「オカン」が亡くなるまでの40年間の物語。 その、時間の流れのあまりに違う本を立て続けに読んでいる、ということがとても不思議でした。 タイトルどおりの本でした。 リリーさんとオカンとの濃密な生活に、時々オトンが顔を出す。 一緒に住むこともなく、離婚したかどうかもさだかではないオトン。 でも、縁は切れることなく何かしらの節目に顔を出すオトン。 オカンは、ステキな人です。 後半、九州から上京してリリーさんと一緒に暮らし始めます。 リリーさんの仕事仲間とどんどん友達になっちゃうところがすごい。 リリーさんの仕事仲間というと、出版とか編集とかアーティストだったり、いわゆる「ギョーカイの人」 その人たちみんなに慕われて、好かれて行きます。 でも最後の方は、オカンが癌になり、壮絶な闘病が描かれてます。 久々に、本を読んで泣きました。 まるで自分のお母さんが死んでしまったような気持ちになりました。 自分のことを後回しにして、いつも息子のために生きていたオカン。 でも、その中でもちゃんと自分の後始末を考えて色んな準備をして死んでいったオカン。 私は、こんなお母さんになれるだろうか・・・。 でも、子どもを持つということは、ここまでする覚悟がなくてはいけないんだろうなと思います。 こんなすごいお母さんがいた、という事実を私はいつまでも忘れてはいけないと思いました。 面白かった本は数々あれど、読んで良かったと思える本はなかなかありません。 これは、「読んで良かった」と思える、数少ない本でした。
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